バスケット部の鈴鹿君が好きなの。

ときメモGS…さ…いいと思うぜ。

今月今夜のこの鈴鹿

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前回告知させて頂いた第二回GSプレゼン大会、今回も聞き応え百億万点で最高に楽しかったです!


私の音声読み上げソフトくんによる発表も、氷室学級の絶対的エース・よまうさんのご尽力により無事に前座の務めを果たす事が出来ました。
よまうさん並びに参加者の皆様、ご視聴下さった皆様、本当~~~にありがとうございました!!
コメント等での盛り上げやご感想、めちゃくちゃ嬉しかったです!
また次の機会もありましたら、是非参加したいと思います。


私の発表アーカイブは上記一番目ツイートの画像からそのまま飛べますので、音声読み上げソフトくんの実力が知りたい方は是非見てやって下さい。
ここは鈴鹿和馬博物館かな?と錯覚するほど流暢に解説してくれてます(音読さんというソフトを使用しました)。


で、内容の方は前口上を除き、以下にまるっと全文掲載させて頂きます。
若干手直ししてますがほぼそのままなので、テキストでじっくり読みたい派の方はこちらをどうぞ。


そんじゃ、いってみよう~~!!






さて、今回のテーマは三年目文化祭の学園演劇です。

鈴鹿の演目は「金色夜叉」。
作者は明治の文豪、尾崎紅葉です。
著者特有の美しい文体で綴られた大衆小説で、当時の読者を熱狂させた大ベストセラー。
熱海の観光名所として、貫一・お宮の銅像があるのも有名ですね。

この銅像のモチーフも、学園演劇のスチルになったのも、貫一がお宮を蹴り飛ばすシーンです。
作品の内容は知らずとも主役二人の名前とこの場面だけは知っている、という方も多いのではないでしょうか。
私もそのクチでした。

学園演劇イベントでスチルとなるのは、作中の台詞と演者の気持ちが最もリンクする場面だと思います。

演じるうちに自分の想いが溢れてしまい、愛を囁く場面で涙してしまったり、思わず台本に無い台詞を言ってしまったり。
各キャラクターごとに演目とリンクした、胸キュンな舞台を見せてくれます。


それぞれがそれぞれにピッタリの上演作品が用意されているのですが、鈴鹿にはなぜ「金色夜叉」が選ばれたのでしょうか。
その理由を考察していきたいと思います。


まずは、作品のあらすじを見ていきましょう。


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舞台は日清戦争後の明治時代。

15歳で両親を亡くした主人公・貫一は、父に恩があったという鴫沢家に引き取られる。
十年後、勤勉な彼は高等中学に進み、将来を約束されたエリート街道へ。

鴫沢の娘であるお宮とは、互いに慕い合う許嫁の仲。
学校を卒業して身を立てられるようになったら、彼女と結婚して鴫沢家を継ぐはずだった。

ところがお宮の美しさに目を付けた富豪の男が、彼女に求婚を迫る。
お宮もそれを承諾し、両親も娘の意思を尊重して納得。

妻と娘を熱海へ行かせ、二人が不在の間にお宮の父親が貫一に経緯を話す。
それを聞いた貫一は絶望し、お宮の元へと急ぐ。

熱海で再会した彼女に、富豪との結婚は両親の意思ではなく自分の意思だと告げられて錯乱、そして激怒。
浜辺ですがる彼女を蹴り飛ばし、恨み節と共に姿を消した。

と、ここまでがあの有名なシーンに至るストーリーです。
蹴り飛ばす部分ばかりがクローズアップされがちですが、こんな理由だったんですね。

暴力ダメ絶対、ではありますが、そりゃあ貫一も怒って当然だしお宮もお宮ですよ。
両親は最後まで娘の心ひとつだ、と二人を思いやっているのに、きっぱり富豪との結婚を選んでますから。

怒る貫一に、あなたのことは一生忘れないからヤケにならないで、あなたが心配なの、話を聞いて、とすがりついて蹴られます。
フラれた相手に心配なんてされちゃあ、男のプライドはズタズタですからね。
傷口に塩ってやつです。

ただしお宮が富豪との結婚を承諾したのは、何かしらの意図があったようなのです。
しかしそこが明かされぬまま作者の病死により、物語は未完で終わります。

「意図があった」というのは作者の構想メモから見つかったそうですが、一番重要な部分が明かされぬまま未完結、というのは非常に残念でしたね。

作中でお宮の父親が「富豪に嫁がせる事に納得してくれれば、貫一をキャリアアップの為に留学させてやる」という条件を出しているので、その辺りが彼女が彼を思ってとった行動の真意なのかもしれません。
が、当然のごとく貫一は「彼女を犠牲にしてそんなモン行けるか」とバチバチに怒っているので、そうだとしたら逆効果すぎますね。
貫一とお宮、幼い頃から十年も一緒に暮らしたわりに、お互いの純情な感情が三分の一も伝わっておりません。
二人のマイハートはズタズタです。

そんな不幸な男の役を演じる事となった鈴鹿ですが、文化祭コマンドを失敗して裏方会話を選ぶと、彼から貫一という青年への印象を聞く事ができます。

「なんか、情けねえ男だよな。」
「俺、昔の考え方ってよくわかんねえけど、好きならよ、奪っちまえばいいんだよな。逆恨みなんかしないでよ。」

と、このように情けねえ男、とバッサリ斬り捨てます。
確かに散々な目に合っており気の毒な身の上ではあるのですが、貫一、割とマジで情けないんですよ。

お宮の愛情を信じてはいるものの、彼女なんか水臭いし、どうも冷たいところがある、俺、本当に愛されてるのかな?とか、すぐ考えちゃう。
自分はお宮の事を壊れるほど愛しているのに、お宮はその三分の一も俺の事を愛していないのではないか?とか、とにかく悶々としがちです。


お宮に捨てられたあとの恨みっぷりも相当なもので、マジパネエネチネチっぷり。
お宮を蹴とばす直前に口走った、

「この恨み、来年の、今月今夜のこの月を、俺の涙で曇らせてみせる。」

という超有名な台詞も、原作ではとんでもない長台詞です。

「一月の十七日、宮さん、よく覚えておおき。来年の今月今夜は、貫一はどこでこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜、十年後の今月今夜、一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! いいか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らしてみせるから、月が、月が、月が、曇ったらば、宮さん、貫一はどこかでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ、いいか宮さん。来年の今月今夜、再来年の今月今夜、十年後の今月今夜、一生を通して、僕は今月今夜を忘れん、僕の涙で必ずこの月を曇らしてみせる。」


しつけええええなあ、オイ。
向こう十年は恨む気満々ですよ。
ゴールデンボンバーの五億倍ぐらい女々しい性格です。

でもまあお宮もお宮で、自分の美貌がとんでもねえ上玉だという自覚があるので、このまま貫一と結婚するよりもっとてっぺん狙えるな、とか密かに思っておりまして。
実際に学生時代からブイブイ言わせており、地位も名誉もある紳士達から求婚されたりもしております。
もちろん貫一は全く気付いておりませんが、そんな野心を密かに抱く割としたたかな女なのです。

しかし先程の鈴鹿が語った貫一の印象に対して、主人公が

「恋人の将来を考えて、他の人に嫁いでいこうとしてるのに、かわいそう。」

と、お宮について答えているので、今回の学園演劇用の脚本ではその辺りが多少脚色されているのかもしれません。
未完の原作では富豪に嫁いだ本当の意図が謎のままでしたが、今回の劇では恋人のために身売りした献身的な女性、として描かれているようですね。
恐らく中高生向けにアレンジされた脚本なので、マイルドかつ分かりやすくなっているのではないでしょうか。

それ故に彼女を信じ切れず暴走した貫一を、鈴鹿は「情けねえ」となじっているわけです。
裏方会話はこう続きます。


「だよな。そんで自分の夢まで捨てちまって、自暴自棄ってヤツだろ?
俺だったら、どんなにキツくたって、どっちも手に入れてみせる。」

「男ってモンだろ?それが。」


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はい、はい、はい。
鈴鹿の学園演劇に、何故この作品が選ばれたのか。
皆さん、もうお分かりですね。

この貫一という主人公が、鈴鹿とは完全に対照的な人物として描かれているからです。

実は裏切られる前の貫一は鈴鹿と似たところのある、とても素直で実直な人間でした。
お宮に対してもとても愛情深く、からかったり、イチャイチャしたがったり、サプライズで彼女の好きなお菓子を買ってきたり。

水臭いとか、ちょっと冷めてるとかゴチャゴチャぬかしておりましたが、ンーがんばってみるよ、なんだかんだ言ってもつまりは単純にお宮のこと好きなのさ、というお宮さん大好きマン。
お宮のスマイルで、凍てつく夜の寒さもグッと堪えられてきたと思います。

「立派な学士になって身を立てお宮と幸せな結婚をする」という夢に向かって、誠心誠意ひたむきに努力していました。

そんな貫一が一片たりとも疑った事の無かった幸せな未来予想図を、突然ボロ雑巾のように引き裂かれてしまった悲しみはとても計り知れません。
しかも、心から愛する恋人の手によって。
富豪の横恋慕が原因ではありますが、トドメを刺したのは、他ならぬお宮です。

怒りと絶望に狂った貫一はお宮の言い分もろくに聞かず、お前は愛よりカネを選んだ、と彼女をなじり、生涯恨み続ける事を誓います。

その場で行方をくらませた貫一は心を荒ませて空虚に生き、五年後には悪徳高利貸しとして名を上げます。
かつての学士への夢を捨て、常に人の恨みを買うような生活を選ぶ事が彼なりのお宮への復讐なのでしょう。
汚いカネの世界で生きる事が、カネに目がくらみ自分を捨てた女への当て付けになるように。

とまあ、確かに心を荒ませる理由はてんこ盛りなのですが、これではあまりにも今後の人生に光がありません。

確かに裏切ったのはお宮ですが彼女なりの意図があったはずだし、それを話そうと蹴られた後も必死にすがりつきました。
原作はともかく今回の演劇脚本では、主人公が言ったように「恋人の将来を考えて」という愛情があった上での、苦渋の決断だったはずです。

貫一はそんな必死の訴えに一切の聞く耳を持たず、誤解を受け二人が結ばれる未来を捨て、それでもなお愛する彼の為に他家へ嫁ぐという、彼女の真の意図を理解しようとしなかった。
心をドス黒い恨みに支配され、希望を捨てて屍のような人生を選んでしまいました。

だからこそ鈴鹿は彼に一切の同情心を持たず「情けない男だ」、と斬り捨てているのです。

ご存知の通り鈴鹿の夢というか目標は「アメリカでプロバスケプレイヤーになる」という、とてつもなく大きなものです。
小学生ぐらいまでなら周りもニコニコと応援してくれそうですが、高校生になっても輝く瞳でそう語られると、ちょっとザワザワされそうな目標ではありますね。

留学までならいざ知らず、最終的な目標は「現地でプロになること」ですから。
並大抵の努力では叶いそうにもないスケールの大きさです。

そして幼い頃から持ち続けていたであろうその夢に、密かにもう一つの目標が付け足されました。

それは「主人公と結ばれ、共にアメリカへ行くこと。」

恐らく彼女への恋心を自覚した瞬間から、心に決まっていたのではないでしょうか。
何というか、普通は結ばれたあとに改めて「一緒に来てくれ」、と打診しそうなものですが、彼の場合は愛の告白と同時にズバリ言っちゃっております。
全然自重しません。

もしかしてそこまで本気ではなく、勢いで言っただけなのかな?とも思ってたんですが、GS1のタイピングソフトで告白の前日譚のようなエピソードがあり、そこで

「俺のこと、ずっと応援してくれ!そ、そんで、一緒にアメリカ、いや、なんでもねえ!」

的な事をゴニョゴニョ言ってたので、やっぱり以前から本気と書いてマジで決めてたようです。

このように新たな鈴鹿の夢であり目標は、どちらが欠けても完成しない、この二点が揃って初めて達成出来るものとなりました。

もちろんアメリカまで連れて行かずとも、お互いが強く想い合っていれば遠距離恋愛という選択肢もあります。
主人公の進路がガッツリ決まっている状態での、卒業式当日の告白ですからね。

しかし彼の中には「二人が離ればなれで暮らす」、という考えが一切無かったのでしょう。
どれだけ強く心が通じ合っていようが、それでは満足出来ない。

毎日会いたいし、顔を見たいし、電話ではなく直接声を聴きたいし、話したい。

恐らく初めてのめり込むほど好きになった異性ですから、このようにとにかく側にいたい、と思うのは当然ですよね。

それだけならば只の若さゆえの鈴鹿のワガママである、と捉えそうになります。
主人公側の既に決定しているであろう進路を、ガン無視しているわけですから。

ところが彼の場合、少し違っているのでは?と思いまして。

鈴鹿のデート三択で、印象が悪くなる答えに以下のようなものがあります。

卓球デートでの、手加減くらいしてよ、という回答に対して
「手加減したら、つまんねえし、お前に失礼だろ?」
というもの。

そしてヒストリックカー展での、鈴鹿くんが免許を取ったら助手席に乗りたいな、という回答への
「なんだよ。お前、自分で運転したくねえの?」
という返答。

この二つの会話から分かるのは、彼は自分が楽しいと思う事は、相手も楽しいと思ってほしい、と考えている事です。

手加減しない勝負のほうが楽しいし、車も自分で運転するほうが楽しい。
鈴鹿が自分の考えを押しつけているわけではなく、純粋に楽しさを共有したい、と思っての発言だと思います。
「お前に失礼だろ?」というのも、彼なりの思いやりですしね。

つまり、彼が楽しいと思う事を一緒にはしゃいで楽しめば、好感度は爆上がりするわけです。
基本的に「自分が楽しい、好ましいと思う事の全ては、きっと相手もそう思うはずだ」と考えていると思うので。
まあちょっと思い込みが極端な気がしないでもないですが、単純でシンプルな性格の彼らしい考え方だと思います。

好感度が低い内だと否定的な態度を取られたら「気が合わない」とすぐに不機嫌になりますが、好きになった後だと失敗デートのフォロー電話で「今度はもっと楽しませるから」という、自責の念が滲み出た発言をするんですよね。
自分勝手なワガママっぷりは影を潜め「相手が楽しく過ごせたかどうか」を、一番に考えるようになります。

嫌いなデート場所でも、主人公が楽しそうにしていれば楽しめるようになってゆき、互いに歩み寄り喜びを分かち合うことの幸福さを少しずつ知っていく鈴鹿
他のキャラに比べて嫌いなデート場所がダントツに多い彼のときめき会話には、そんなイメージを抱いております。

この辺りの事を踏まえて考えると「アメリカまで付いて来い」という彼の告白は、自分を好きなら主人公も絶対に同意してくれる、一緒に夢を追いかけることを喜んでくれる、と信じ切った上での発言なのでは、と思います。

一見唐突で自分勝手にも思える発言ではありますが、彼なりに相手の事を信頼し、自分の幸せイコール彼女の幸せである、という絶対的な確信があっての、一大告白だったのではないでしょうか。

アメリカでプロを目指す事と、二人がずっと一緒にいる事。
どちらも欠けてはならない、同じぐらい大切な夢であり目標だと、彼女ならば分かってくれるはずだと信じ切っているのでしょう。

いや……もうちょっとこう、相手の進路とか都合も考えようや、と現実的なツッコミを入れたくなるのは山々なのですが、これが鈴鹿和馬という男なのです。

どこまでも真っ直ぐで、純粋で、前向きで、迷いが無い。
未熟で、不器用で、沢山のコンプレックスを抱えていても、自分の可能性を信じ抜く。
そんな自分を肯定してくれた主人公を、一生離さず大切にする、ずっと二人で一緒に生きていく、という強い決意。

裏切られドン底まで絶望したとはいえ、愛する人の本心を知ろうともせず、恋人も自分の夢も足蹴にして全てを恨み続ける貫一とは、まさに真逆の男なのです。


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そして鈴鹿が貫一を絶対に理解出来ない点が、もう一つ。
裏切られたとはいえ女を、しかも恋人を蹴り飛ばすなんて、何があっても彼には出来ないのです。

劇中のスチルは例の足蹴にしている場面ですが、あの時彼は目に涙を溜めながら演じていた事が終演後の会話で明かされます。

その理由は、DS版のファーストラブプラスのアルバムモードで

「うわっ。これは思い出したくねえなあ。好きなヤツ蹴飛ばすなんて、俺には無理だわ。」

と、彼の口からはっきりと語られました。

好きな女に手を上げる事が思わず泣いてしまうほど嫌だと思っているなんて、どんだけ優しくて純情なんだよー、と、こっちが泣きそうになる神エピソードですよね。

一見すると亭主関白で女は男を立てるもの、とか思ってそうなキャラなのに、深く付き合ってみると、不器用ながらも女性をしっかり大切にしている事が分かります。
少ないお小遣いで高いプレゼントくれるし、照れ屋さんなのに死ぬほど恥ずかしい思いをしてまで、ヒラヒラしたハンカチやハートのクッションとか買いに行ってくれるし。

金色夜叉」という原作の物語の大きなテーマは「愛とカネ」であり、カネによって愛を捨てたお宮と、捨てられた貫一がカネの世界で失った愛に復讐する、という話でもあります。
結局カネを選んだお宮は不幸な結婚生活を送り、自分が捨てた貫一に復縁を迫り、いつまでも後悔と執着を続けるのです。
貫一もまたそんなお宮をいつまでも許す事が出来ず、苦しみの日々が続きます。
しかしカネが無ければ成り立たぬ愛もある、というようなエピソードも挟まれるので、どちらか一方だけが大切である、というシンプルな物語では無いんですよね。

恐らく鈴鹿は将来貧乏暮らしになっても、絶対に主人公にはひもじい思いをさせるまいと一時は夢を追う事から離れても、プライドなんか気にせずしゃにむに働いて稼いできてくれると思います。

万が一そんな暮らしになっても絶対にあの大きな目標を諦めず、何度でも挑戦を続ける事でしょう。

自分の夢も生活もきっと何一つ諦めないし、何よりも愛する彼女と一緒なら、尽きる事の無い力が永遠に湧き出てくるはずです。
二人は「最強のチーム」なのだから。

鈴鹿和馬とはそういう男である、と私は解釈しております。

それにしても、こんなに演じる側がちっとも共感出来ない役を何でまた引き受けたんですかね?
煽てに弱く責任感が強いので、上手いこと乗せられただけかもしれませんが。

でもまあ確実なのは、ヒロインが主人公でなければ絶対にやらなかっただろうな、という事です。
もちろん他のキャラ達もそうなのでしょうが、特に鈴鹿は引き受けそうにないですからね。
自主トレを理由に秒で断ると思います。

物語の序盤に出てくる貫一とお宮のイチャイチャシーンをやりたかったから、とかいう理由だったらスーパーエクセレントなのですがどうなんでしょう。
お宮のショールにふざけて一緒にくるまっちゃう場面とか、酔っぱらって帰ってきて、宮さん、俺との結婚マジで頼むわよろしくな、とかムニャムニャ言いつつ、彼女の膝枕で寝てしまう場面とか。
是非まっかっかになって演じてほしいですね。
酔っ払いのメイク無しでも、自前の赤面で舞台へ上がれそうです。


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さて。
とっちらかった考察となってしまいましたが、鈴鹿の学園演劇に「金色夜叉」が選ばれた理由は
「真逆の人物を演じさせる事により、彼の男らしさが浮き彫りになるから」
という事ではないかと、私は思いました。

好きな女を蹴飛ばすなんて、絶対に出来ない。
例え恋人を奪われても、必ず奪い返す。
何があっても、頑なに自分の夢を諦めない。

鈴鹿和馬、三国一の男前ですよ、マジで。


それでは最後に「はばたきウォッチャー」2007年、ボリューム5号に掲載された
「すべて見せます!舞台の裏側!」
という各キャラの学園演劇の裏エピソード特集より、鈴鹿の大変結構な話を抜粋して締めさせて頂きます。

「実は、俺、学ランとか着るの初めてだったんだよな。
そんで、つい、はしゃいじまってよ。
これから本番って時に肩んとこが破れちまって、女子には怒られるわ、ギリギリまで衣装ねえから落ち着かねえわで、なんか散々だったぜ。」

ああああああああああああはいはいはいはいはいイメージ通りイメージ通り、かわいいかわいいかわいいねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!

ご清聴ありがとうございました。